ふりがなメーカーができるまで①

ふりがなメーカーをなぜ作ったか

 エンジニアでもない私がなぜ「ふりがなメーカー」を作った、作れたのか。
 中学校現場での経験も含めて、少し綴っていきます。

① 必要性は感じていたが、必要なときはときどき

 昔から、ルビ振りのニーズはあったはずです。しかし、私がいた中学校現場の感覚だと、実際にルビ振りが配慮として浸透したのは合理的配慮が制度化されてしばらくたってからだと記憶しています。

 ルビ振りの対象となる子どもがいない(または、いるのに気づいていない)場合、中学校の教員としてルビを振る場面はほとんどありません。でも、やるとなったらルビ振りの作業はかなりの労力を要します。つまり、必要ないことも多いが、必要になった瞬間に大変になる作業がルビ振りなのです。

② 誰がルビを振るのか問題

 例えば、中学校の定期テストでルビ振りが必要な場合を考えてみます。

 教科担任が作成したテストに誰がルビを振るのか問題があります。

 普通に考えたら、テストを作成した人になるでしょう。

 でも、教科の特性というものがあります。ルビをたくさん振らなければいけないテストもあるし、全体的に文字数が少ないテストになる教科もあります。

 そうなると、ルビ振りが多い教科は「運の悪い」教科と捉えられてしまうかもしれません。また、必要な子どもに必要な支援を行うのは当たり前なはずなのに、作業が増えることによって配慮することへのネガティブなイメージにつながる可能性もあります。

 ルビ振りを支援員の人にお願いすることも可能でしょう。でも、作業の膨大さを考えたとき、遠慮がちな先生は「こんなに多くの作業をお願いして嫌がられないかな・・・」と考えるかもしれません。(仕事分担の構造的な問題は別の話として・・・(;^_^A)

③ ルビ振りはオプションの仕事なのか

 ちがいます。仕事としてマストなはずです。なぜなら、学ぶ権利を保障するものだからです。でも、特別支援学級の生徒が、通常の学級の定期テストを受けることになり、合理的配慮としてルビ振りが必要なときに、誰がルビを振るのでしょうか。特別支援学級の担任の先生?作成した教科の先生?通常の学級にルビ振りが必要な生徒いたときには、作成した先生がルビを振っていたのに、支援学級の子どもが対象になると支援学級の担任の仕事になる?

 適切にできるのであれば別に誰が振ってもよいのですが、先ほど述べたとおりルビ振りはオプションの仕事ではありません。子どもの権利を保障するための重要な仕事です。でも、頭のどこかで「本来やらなくてもよい仕事」と考えてしまっている人もいることも確かです。そう思うと、仕事の質も下がるものです。

④ 個人の問題にするのではなく、構造的な問題として捉える

 何かがうまくいっていないときに、構造的な問題として捉えることは解決のアプローチとして有効です。

 そこで、「ルビ振りの業務量の多さ」に着目しました。業務量が減れば、この問題自体も軽くなるのではないか、ということです。根本的な解決か?と言われると違うかもしれません。でも、「今ここ」での問題を「今ここ」で改善することも大切なはずです。

⑤ 世の中のツールを探してみる

 探してみると色々見つかるものです。ワードに自動でルビを振ってくれるマクロであったり、Webサイト上に文章をコピーするとふりがなが表示されるもの、写真をとったり、PDFを読み込むと自動でルビが振られるアプリ(無料、有料)など色々ありました。

 ただ、実際に現場にいた私にとって、かゆいところに手が届くものが見つかりませんでした。ワードでルビを振るとレイアウトが崩れます。Webサイト上でルビ振りをしても、結局もとのファイルにペーストするとレイアウトが崩れます。アプリで自動でルビを振っても細かい編集ができなかったのです。

⑥ ベストなツールがなくてもそのままな理由

 自分にとってベストなツールが見つからないまま、結局、必要な時にはベターなツールを使うことで満足していました。というか、「たまにすごく大変」なだけなので、その時に頑張れば乗り切れたのです。エクセルで複雑な関数を組むよりも、手打ちで作業してしまえ!というのに似ています。

 そのような考え方は、本当は「たまに」ではないのに「たまに」にされていることにもつながっているのかもしれません。

⑦ 先生たちに聞かれたときの歯がゆさ

 「ふりがなを振るのに何かよい方法はないですかね?」

 先生たちに聞かれたとき、既存のものを紹介していました。自分にとっては、かゆいところに手が届かなかったりするけれど、システムとしてすごいものばかりでしたので、それはそれでよかったと思います。

 一方で、「自分が使うなら・・・」と考えると、少し歯がゆさを感じていました。